今週のごあいさつ
お自服のすすめ
先日もニュースで取り上げられていましたが、最近お抹茶の値段がどんどん高騰しているようですね。
金毘羅院でも毎月の朔日祭やいろんな行事でお抹茶をふるまっているのですが、ある時期までは品薄で手に入りにくくなっていて、ようやく手に入るようになってきたと思ったら、以前の倍近く値上がりしていてとても驚きました。
インバウンドで抹茶を口にした海外の方が求めるようになり、需要が高まったことが影響しているようですが、今までのように気軽にお抹茶を買うことが出来なくなってきています。
日本のものが認められるのは誇らしいですが、身近ではなくなってしまうのは困りものです。
そんなお抹茶の話ですが、私は京都で修行している頃にお抹茶を習い始め、それがすごく楽しくてお稽古にも熱心に通いました。
私が教えてもらっていたのは裏千家のお茶で、お抹茶を点てるときには泡がしっかりたつように点てます。
習い始めの頃は上手に泡がたてられなくて、ちょうどお菓子の「むらすずめ」みたいな見た目のお茶しか点てられませんでした。それが稽古を積むうちに、だんだんときめ細かなお茶が点てられるようになり、そのうちに同じお稽古場の人からも褒められるくらいきれいにお茶を点てられるようになりました。
自分が点てたお茶を相手に出すと、「わぁ、すごいきれい!」と言ってもらうこともしばしばで、若かった私はそれがけっこう自慢というか、「自分は上手にお茶を点てられるんだ」という自負がありました。
そんな時、あるお稽古で先生から「お自服なさってください」と言われました。
「お自服(じふく)」というのは自分で点てたお茶を自分で飲むことです。普段は人に出すお茶を自分で飲む機会はあまりなく、その時はたまたまお稽古をしているのが私一人だったので、お自服することになったのだと思います。
自慢じゃないけれど、自分のお茶はかなりきれいに点てられる。そのお茶は泡がきめ細かで、味もきっと他の人が点てるお茶より美味しいだろう。そんなことをいつも密かに思っていた私は、自分の点てたお茶を飲んでびっくりしました。
「思っていた味と全然違う!」
コクがないというか、お茶に対してお湯の量が多いのか、そんなにおいしくなかったのです。そして今まで「そんなにきれいに点てられてないな」と思っていた他の人のお茶の方が、味はずっとおいしかったのです。
これがすごくショックで、見た目だけきれいで、味はそんなにおいしくないものを自分は今まで出し続けていたのかと思うと、とても恥ずかしく、そして申し訳ない気持ちになりました。
それからは自分でお抹茶を買って、お茶の量とお湯の量の割合がどのくらいだとおいしいお茶になるのかをお自服しながら研究したりしました。
それからは以前より、ちょっとはおいしいお茶を点てられるようになったんじゃないかと思っています。
自分では「これでいい」と思っていることも、いざそれを受ける立場になって体感すると、自分で思っているほど大したものじゃない、ということはお抹茶以外でも多々あるんじゃないかと思います。
簡単に高をくくってしまうんじゃなく、一度お自服してみることをおすすめします。そうすればより良く、そしてより謙虚になれるのではないかと思います。
色んなことをお自服してみてください。
今週も最後まで読んでいただきありがとうございました。 合掌