今週のごあいさつ
切り抜きでしか語れない
先週の寒波をこえて、この時期らしくないほど穏やかな気候を過ごせていますが、今週はまたかなり強い寒気が入るらしく、そしてそれはずいぶん長く居座る寒気のようなので、山陰地方の週間天気予報は雪マークがびっしりです。
今季は寒波が来ても倉吉はそれほど積雪がなかったのですが、さて今回はどんなものでしょうね。
ちなみに昨年も寒波が来てもたいした積雪にならずにいたのですが、金毘羅院の節分祭直前にしっかりと降ったようです。そういうのも困りものですよね。
お天気の日は季節外れの暖かさになるのに、寒気はしっかりと寒いってなんか納得がいかないなと一人でぶつぶつ言っております。
話は変わって、最近「切り抜き」という言葉をよく目にします。動画なんかも見せ場だけを短く切り取った切り抜き動画がよく見られているようです。
そういうのを見て興味を持てば長いものを見るという、仕組み的にはいいなと思います。ただ、短いものばかりを見すぎてしまい、長いものをみる集中力がなくなるみたいなことも聞くので良し悪しですね。
あとはネットニュースなどの切り抜き記事も、短い時間で知りたいことだけをさっと見ることが出来るので便利です。しかしこれも、ものごとの一部だけを切り取って、あたかもそれが全てのような見せ方をするものもあるので、こういうものは結構問題になるようです。
本人はそういう意図で言ったことではなくても、発言だけ切り取れば人に不快を与えるようなものに見えることがある。前後の流れを無視した切り取りは恣意的にすぎることがあります。
短いものの方が観やすいし読みやすい。ただそれが全てだと思ってしまうと色々問題があるのだと思います。
ただ、思い返してみると、ネットニュースや動画だけではなく、私たちのする普段の何気ない会話もけっきょく切り抜きのものなんですよね。
今日あった出来事を家族に話すときも長々とすべてを話さずに、要約したものを伝えます(人によっては全部話す人もいますが)。日記を書く時も出来事と感想を短く書かないと、あったこと全部書くと、とんでもない文章量になってしまいます。
まただれかのことを悪く言うときなどは、前後の出来事やこれまでの関係性などをすべて省いて、その人の悪いところの一点を強調して語ったりするものです。だって全部話すと悪いのは実は自分の方だったりすることもありますもんね。
こんな風に、人は日々切り抜きながら何かを語るものですが、そういうものだからこそ、誰かの話を簡単に鵜吞みにするのではなく、「これはある部分を切り取った話なんだな」と思って聞くようにしたり、逆に自分が語るときには、切り取って話すにしても過度に一部分を強調した話し方にするのではなく、なるべく公平に語れるように意識するのが大切なんじゃないかと思っています。
切り抜きでしか語れないのだからこそ、その言葉には責任を持ちたいものですね。
今週も最後まで読んでいただきありがとうございました。 合掌
大平山金毘羅院