今週のごあいさつ

掃除機と人生の極意

4月17日から開催しておりました四国八十八か所お砂踏み、連休の終わりに閉会いたしました。今年は鳥取市向けのフリーペーパーにお砂踏みの紹介をしてもらっていて、それを見た方が多くお参りされました。長年続けている行事ですがこうして初めてお参りされる方がまだまだいらっしゃるということを嬉しく思います。

今年は特にコロナウイルスの影響で四国のお遍路さんがしにくい状況です。今回のお砂踏みがいい機会となったのであれば幸いです。

お参りくださった皆様、ありがとうございました。

さて話は変わって、今日はこのような言葉を紹介します。

「もしあなたがきれいに掃除器をかけたいのであれば、掃除機をかける前にまず床に落ちているものを片付けたほうがよい。」

ご存知でしょうか?きっと知らないと思います。なぜなら誰かの格言のように書いていますが、私が最近思っていることをそれっぽく書いただけだからです。

何のことかというと、うちには小さい子どもが3人いるのですが、ちっちゃい子のいるうちというのはとにかく床に何かが落ちているのです。(たぶんうちだけではないはず)

レゴブロックだったりガチャガチャで当てた小さなおもちゃだったり、入浴剤に入っている景品だったり(これらをうっかり踏むと大惨事)、あとなぜかいつも輪ゴムが落ちていたり。(これはうちだけ?)とにかく片づけたそばから何かが散らばっていきます。

あと小さいうちはどうしても食事がうまく食べられないので、食べかすが床にたくさん落ちます。なので掃除機をかける機会も必然多くなるのですが、掃除機をかけるときに前述の様々なおもちゃが床に落ちていると掃除がしにくいのです。だけどいちいちそういう小物を拾うのも時間がかかって面倒なので、ついついそれらをほっといて掃除機をかけてしまいます。そうすると当然はかどらないんですね。

小物を避けながら掃除機をかけるとスムーズにかけられないし、あやまって輪ゴムを吸い込んだらヘッドの部分に絡まるし、早く掃除機をかけようと思って散らかった床のまま掃除機をかけても結局時間も手間も余計にかかってしまうのです。

そして掃除機をかけたところで、床に物が落ちていることが変わっていないのであれば、結局部屋は散らかったままなのです。

だから先に書いたように、きれいに掃除器をかけたいのであれば、まず床に落ちているものを片付ける方が良い。そんなことを最近つくづく思っているのですが、せっかく格言っぽく書いたのでこの言葉を様々な問題の比喩として使っていきます。

私たちが抱える多くの問題(社会の問題や個人的な悩み)もこの床に小物が落ちている時の掃除機と同じようなことになる事があります。

どういうことかというと、私たちは根本のところで解決しなければいけないことをとりあえず保留にしておいて、その場しのぎの対応ばかりしてしまうことが多々あります。

根本のところの解決をするには時間と手間と、そしてそれに取り組もうという勇気がいります。だからついついそこから目をそらして、やりやすいところだけをやって、なんとなくやったような気になってしまう。

本当は自分でもこれではいけないとわかっていながら、場当たり的な対応しかできない。

まさに床に物が落ちたまま掃除機をかけるようなものです。しかしそんなことでは根本的な解決にはならない。

だからやっぱり最初に落ちているものを拾うこと、つまり面倒くさい手間をまず初めに取り組むことが必要なのです。

そうすればずるずると同じ問題を引きずらなくても良くなるのだと思います。

わかってはいるけれど、なかなか出来ないことなんですけどね。

ということで、格言っぽい言葉をもう一つ作って今日の締めにします。

「掃除機をかけることが目的なのではない。部屋をきれいにすることが目的なのだ。」

よくわからない言葉になってしまいました。

今週も最後まで読んでいただきありがとうございました。

合掌