今週のごあいさつ

言葉が乱れる時

言葉が乱れる時 人は傷つき 家庭は不和となり 社会は乱れる

年末になってテレビを見ていたら、今年の流行語大賞というのを紹介していました。

「なるほど、確かにこの言葉を今年はよく聞いたな。」というものから、「ほんとにこの言葉、流行ってた?」と疑問に思うものまで色々ありましたが、よく使った言葉から今年一年を振り返るのも面白いですね。

流行語大賞の紹介に合わせて、今年、女子高生を中心とした若い世代に流行した言葉を紹介していました。さすがに全然聞いたことのない言葉ばかりで、しかも聞くだけでは意味の分からない言葉が多かったですが、これも観ていて面白かったです。

若者だけが使っている意味の分からない言葉というのは、僕の10代の頃にもたくさんありましたし、いつの世代にもあるのだと思います。そういうのを大人には分からない自分たちだけの秘密の暗号みたいにして使うのって楽しいだろうなと思うんです。

現にテレビでも、この言葉はこんな時に使う、というのを女子高生がしゃべっていましたけど、ケラケラ笑いながらすごく楽しそうでした。

若者言葉というのは一過性のものが多くて、後々まで日常的に使うものはほとんどないのでしょうが、言葉として正しい・正しくない関係なく、柔軟に楽しく会話に取り入れられるのは、けっこういいことなんじゃないかと思っています。

かえって、そういった若い世代が社会に入るようになって、「社会人にとっての正しい言葉使い」、みたいなものをしゃべらないといけなくなる方が窮屈に感じます。

あの、「~させていただいております。」みたいな妙にへりくだった言葉のようなものは、個人的にはあまり好きになれません。

それで、冒頭の言葉に戻ります。

言葉が乱れる時 人は傷つき 家庭は不和となり 社会は乱れる

これは先代院主の書いた金毘羅院日めくりカレンダー(お寺にて絶賛お授け中!)の五日の言葉なのですが、ここに書かれている「言葉が乱れる」というのは別に若者の使っている言葉のことではないと思います。乱れた言葉というのは、例えば国語辞典に載っているものから逸脱した言葉、という意味ではなく、個人個人の使う言葉が乱れることを言います。

どういう意味かというと、それは「ウソ」だったり、「故意に人を傷つける言葉」だったり、「必要以上に自分を飾り立てる言葉」のことを言います。

そのような言葉を使ってしまうと、「人は傷つき 家庭は不和となり 社会は乱れる」のです。

それで結局、そういう言葉を使う時というのは心が乱れてしまっているものです。

心が乱れると、必要以上に自分を守ろうとしたり、自分を大事にしてほしいと過剰に思ってしまったりして、結果的に他人にとっては不快な言葉を使ってしまいます。

自分の心は自分ではわかりにくいです。特に悩みや苦しみの渦中にいるほど見えにくくなります。ただそんな時に、自分の使っている言葉が乱れていないかを思い返すことで、自分の心の状態を測ることができるかもしれません。

そんな風に、言葉を心の物差しとしてとらえてみるのもいいんじゃないでしょうか。

そして出来るのであれば、普段から話す言葉も、素直で、相手に敬意を払った言葉を使うよう心掛けておけば、乱れにくい心を作る手助けになるんじゃないでしょうか。

やっぱり言葉のきれいな人には好感をもてますもんね。私も努力します。

今週も最後まで読んでいただきありがとうございました。       合掌